こんにちは、S&Tの上村です。昨日は久しぶりにお会いした方と近況を語り合いました。ほんの1年くらいの間にそんなに色んなことがあるのかと思うほど色々あったようで話もつきませんでした。
それだけ色んな事が起こっていると今後の人生も楽しみですね。😆
色んなことを解決してまたやってきてくれると思います。久々に会えて良かったと思った昨日でした。🤗
皆さんもいろんな事があると思いますが良い時も悪い時も振り返ってみると必ずそれも自分の糧となっている事でしょう。人生って面白いですよね。
さて、S&Tも4月はなんだか色々大忙し。5月放送の『おきらくアート』の取材も入る予定です。詳しくは言えませんが言いたい!(笑)
そして、8月、9月、10月の展示も現在急いで準備中でそこに向けて何やらバタバタしております。
そんなに忙しなく動くつもりはなかったのですが…😅
皆さんの驚く顔が早く見たい!
ここまで見て『じゃ8月まで何もないの?』とご心配する方いるかもしれませんね。そんな事はありません。S&Tにてちょこちょこ展示は開催します。これが実はすごいのが続々集結しているんですよ。企画展としてはやらないだけで。
いつものようにお一人お一人に合わせて皆さんのためだけの展示をしますので遠慮なく言って下さいね。😆
私もその準備をするのがいつも楽しいんです。なぜって、皆さんのため息が聞こえてくるのが想像できるから。(笑)
あとはもしかしたら急遽展示やるかもしれませんがその時はお知らせしますのでブログをお見逃しなく。
今年も面白いアイディア盛りだくさんで私も楽しみです。
皆さんも妄想を膨らませながら備えておいて下さいね。(笑)
と言うわけで本日の1品です。

Oil on canvas
108 cm x 91.4 cm
S&Tでもお馴染みのMAY STEVENSの作品から。彼女の作品の中ではあまり見慣れない作品ですが、こんな作品も制作していたんですよね。これが後の言葉の海シリーズに関係があるのかないのか、ちょっと検証が必要ですね。
May Stevensはマサチューセッツ州ドーチェスターで生まれ、ボストン近郊のマサチューセッツ州クインシーで労働者階級の家族に育てられました。結果的に彼女の作品は、彼女の社会に対する見方、彼女が彼女の周りで目撃した女性の貧困と機会の欠如の影響を受けました。ボストンとニューヨーク市で美術を学んだ後、彼女は1948年に仲間のアーティスト活動家ルドルフ・バラニクと結婚しました。
スティーブンスは最初から、芸術は個人的な表現だけでなく、社会的解説に使用されなければならないと信じていました。彼女の芸術は通常、政治活動家としての彼女の個人的な経験に関連しています。
彼女は公民権運動に従事し、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアがカタログの紹介を書いたフリーダムライダーと呼ばれる1964年の展覧会につながりました。1967年から1976年までのスティーブンスのビッグダディシリーズは、ベトナム戦争に対する怒りの反応として作られました。これらの大きなポップアートスタイルの絵画は、彼女の最も有名な絵画の1つです。
フェミニスト芸術運動に触発されたスティーブンスは、女性アーティストの人生を個人やグループのポートレイトで称え、それを「オルタナティブ」な美術史とみなしています。彼女はまた、1977年から92年まで出版された雑誌「Heresies: A Feminist Publication on Art and Politics」の設立を支援しました。
1981年のスティーブンスの息子の死は、彼女の作品の方向性を変えました。彼女の後の絵画は、痛烈な感覚が染み込んだ風景でした。
彼女はゲリラ・ガールズの元祖であり、重要なフェミニスト出版物『Heresies』の創設メンバーでもあります。彼女の作品は、MoMA、ホイットニー、ブルックリン美術館、ハーバード美術館、ダートマス大学フッド美術館などに収蔵されています。 (1924–2019)
現在ニューヨークで個展開催中ですが、初日は美術館関係者がたくさん来て盛り上がったようですよ。😆
実はその中で展示されているものが…。
これ以上はひ・み・つ(笑)
それでは皆さん本日も良い1日を。