こんにちは、S&Tの上村です。昨日PCが届くというのでセッティングなどS&Tのウェブ担当の方に急きょ来てもらう約束をしていました。

ところが私やらかしたようで、何と届いたのはマウスのみ。😅

ちゃんと読んでいなかった私も悪いのですが、何で一緒に送ってこない???

よく考えるとえらい早く届くなとは思いましたが、まさかマウスだけなんて…(笑)

笑い事ではありませんね。わざわざ足を運んでくれたのに本当に申し訳ない。この場を借りてお詫び申し上げます。🙇

せっかく来ていただいたのでS&Tのウェブサイトの打ち合わせ。どうなるのか楽しみです。😆

さて、5月も間もなく終わりますが今年もあっという間ですね。連日コメの話題ばっかりですが、バカな政府の対策には辟易とします。新大臣は自分の成果をアピールするのに必死で実際に国民の事なんて考えていないようにしか見えません。

だって誰が見てもアホな政策でしょう。皆さんそう思いませんか?

それよりもやはり根本的に政治が腐りきっていますよね。日本の行く末は暗いですね。

昨日もそんな話をしながら『なぜ、農家ばかり手厚い保護を受けるのか?』という疑問も頭をよぎりイライラ。

あくまで私見です。

そんなイライラを吹き飛ばすように本日の1品です。

Untitled, 1982. / Ching Ho Cheng

Image courtesy of Bank and the Ching Ho Cheng Estate.

【Ching Ho Cheng】アジア系アメリカ人が現代美術シーンからほとんど不在だった時代に、チン・ホー・チェンは、メトロポリタン美術館の20世紀美術の最初のキュレーターであるGert SchiffやHenry Geldzahlerなどの著名な美術史家から高く評価されていました。2人ともチェンの親友であり、彼の作品を宣伝し、所有していました。チェンはニューヨークや海外で彼の作品を広範囲に展示しました。

Ching Ho Chengはキューバのハバナ生まれで、1970年代から1980年代にかけて活躍した現代アーティストでした。彼はクーパーユニオンで絵画を学び、タオイズムの教えに没頭し、チベットの芸術、ホピ、ナバホの工芸品などを参照しその折衷的な作品を探求しました。 1970年代初頭、彼はパリとアムステルダムで数年間過ごし、1976年に最初の個展を開催しました。その年にニューヨークに戻ったとき、彼は伝説的なチェルシーホテルに定住し、ホテルの他のクリエイティブな住人とのつながりを築きました。わずか42歳で亡くなってしまったのは非常に残念なアーティストの一人です。

今秋、Ching Ho Chengはホイットニー美術館のグループ展「60年代のシュール」に参加します。その後、2027年にアディソン・ギャラリー・オブ・アメリカン・アートを皮切りに巡回展を開催し、初の美術館での個展となります。

彼の作品の管理人でもある妹はこう言っています。

『強い意志があれば、何でもできるんです。こんなことができるなんて夢にも思っていませんでしたから長い時間がかかりましたが、ようやく実現し始めています。』

亡くなってだいぶ経ちますが、今なお彼の夢は生き続けています。本当に素晴らしいですね。

もちろんお問い合わせはS&Tまで。

それでは皆さん本日も良い1日を。