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永遠の門

こんにちは、S&Tの上村です。まだまだ寒い私の地域ですが、朝なんかは気温がまだマイナスの時があるなんて暖かい地域の人からすれば信じられないですよね😅

私の地域は春が本当に短い。もう少しゆっくり季節が移り変わっていたのは昔のことですね。

『異常気象』なんていうのは昔の話。これが当たり前の昨今はその言葉はもはや死後ですね。

そんなことを感じているのは私だけでしょうか?

さて、世界の目が中東の苦難に注がれていますが、テヘラン現代美術館の収蔵庫に保管されていたゴッホの版画が新たな象徴性を帯びているようです。

それがこちら。

Van Gogh’s print At Eternity’s Gate (November 1882)

ゴッホがハーグに住んでいた頃に制作されたこの版画には、彼が「孤児」と呼んだ、地元の老人ホームの入居者が描かれています。このリトグラフはわずか7点しか現存しておらず、そのうちの1点にゴッホ自身がインクで「永遠の門」というタイトルを書き加えています。

ここからが面白くなります。

ゴッホはこの署名入りの版画を、オランダ人画家である友人のアントン・ファン・ラッパルトに贈りました。その後、いくつかの個人コレクションを経て、1970年代初頭にニューヨークの実業家ネルソン・ロックフェラーとその妻メアリーが購入しました。当時、ロックフェラーはアメリカ合衆国副大統領でした。

ロックフェラーはすぐにこのゴッホの版画をニューヨークの画商ユージン・ソーに売却し、ソーは1975年にイラン国王の妻ファラ・パフラヴィーに6万5000ドルで売却しました。彼女は、1977年10月に開館したテヘラン現代美術館の建設計画を支援していました。それからわずか1年後の1979年2月、シャーが打倒され、ホメイニ師が後を継ぎ、現在のイスラム共和国が樹立されました。ゴッホの作品を含むコレクションの大部分は、それ以来、美術館の収蔵庫に長期間保管されたまま、人目に触れることはありませんでした。イランでは強い反西洋感情が蔓延しており、新政権は一部の美術作品を不道徳なものとみなしたからです。

版画制作から7年後、ゴッホはそこからインスピレーションを得てペインティングを制作します。

それがこちら。

Van Gogh’s painting At Eternity’s Gate (May 1890)

こちらはサン=レミ=ド=プロヴァンス郊外の精神病院で彼が完成させた最後の作品の一つです。

この『永遠の門』は、顔立ちではなく、姿勢において自画像だろうと言われています。この3か月弱後にゴッホは絶望のあまり自らを銃で撃ち、亡くなりました。

ご存知の通り2月28日から29日にかけて、テヘラン現代美術館から南へ1キロメートル離れた同じ通りに爆弾が投下されました。

この数奇な運命のゴッホの版画は、米イスラエル軍による攻撃後、直ちに閉鎖された美術館の安全な収蔵庫に保管されていることを願うばかりです。

イランのすべての美術館、歴史的建造物、遺跡が今や危険にさらされていることは言うまでもありません。

しかし、悲しいことにテヘラン市民は美術館の収蔵品よりも保護されていないというんです。

戦争の悲しい現実ですね。

ゴッホにはこんな未来が見えていたのでしょうか?

そんなことを考えていたら、だんだんこの肖像画が未来を憂いているゴッホに見えてきました。

みなさんはこの話どう感じますか?

現在『Face展 2026』が開催されいてるSOMPO美術館にもゴッホのひまわりがありますし、それに合わせて米沢で開催中の石塚さんの個展にもゴッホのひまわりのオマージュ作品が展示されています。

そんな事に色々思いを巡らせながら鑑賞してみてはいかが?

たくさんの皆さんのご来場お待ちしております。

あっ!米沢の展示は平日のみの開催になりますのでご注意ください。

それでは皆さん本日も良い1日を。

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